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2017年2月 7日

映画「ざ・鬼太鼓座」に思う

 先月28日、4年前にケヤキの3尺大太鼓をお納めした栃木県小山市の須賀神社に遅ればせの初参り。冬とは思えない小春日和のあたたかな日差しを受けて、何はともあれ1月のうちに参拝が叶ったことにほっとしたひと時でした。

 その足で、翌日は東京渋谷のユーロスペースへ。1月21日から2月3日まで上映会がおこなわれている映画「ざ・鬼太鼓座」のデジタルリマスター版(最新のデジタル技術によって、鮮明で臨場感あふれる映像によみがえらせた映像)を見るためで、この日は第1回の上映のあとに、映画に登場する林英哲さんと映画評論家の山根貞男さんの対談があったからです。

 この映画はタイトルの通り、当時佐渡で活動していた鬼太鼓座(当時の名称は「佐渡の國鬼太鼓座」)の日常や演奏風景をクローズアップしたもので、制作されたのは鬼太鼓座が解散した直前の1981年。その後、さまざまな事情により今までほとんど上映されなかったのですが、監督としてメガホンをとった加藤泰さんが今年生誕百年ということで、昨年、イタリアの第73回ヴェネツィア国際映画祭クラシック部門でワールドプレミア上映が行われたのに続き、今回の上映会が開催されたものでした。

 映画の登場人物は36年前の林さんのほか、若い日の藤本吉利さんや近藤克次さん、高野巧さん、小島千恵子さん、藤本容子さん、さんなど、今も太鼓界で活躍されている皆さん。その屈託のない青年時代の姿に懐かしさをおぼえると共に、まだ「太鼓」という芸能分野のなかった時代、「太鼓で世界を回る」と鬼太鼓座を立ち上げた田耕というプロデューサーの並々ならないエネルギーと、その無謀ともいえる構想をまとめあげた島崎信さん(現在の鼓童財団理事長)、永六輔さん(放送作家、昨年死去)、宮本常一さん(民俗学者、1981年死去)による惜しみない協力、そして何よりも太鼓の訓練として「走る=太鼓」を実践した田さんの発想の独創性をあらためて実感させられました。

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ボストンマラソンゴールにて 

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1975年オーケストラと太鼓

  この映画の撮影が終わってまもなく鬼太鼓座は解散し、団員は新たに「鼓童」を立ち上げ、太鼓という芸能は「舞台芸能」として大きく成長してきました。そうした経緯を思うとスクリーンの一つ一つのシーンに特別の感慨があり、また私個人としても初めて佐渡に渡って6尺の桶胴太鼓を納めた日や3尺8寸の大太鼓を納めた日、海外公演に同行して革の締め直しをした日々など思い出し、「鬼太鼓座」という、太鼓芸能の創生期に生まれた集団にかかわったすべての人々の熱くがむしゃらな血の騒ぎが生々しく胸によみがえってきました。思えば1971年の鬼太鼓座結成の年からすでに50年近く。その歳月の積み重ねを今さらのように噛みしめた映画でした。

  0207.2017.a1.gifトラック上 高野巧さん 

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