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2021年6月 4日

明日に向かって決意新たに

 抜けるような青空を仰ぎながら、午前8時30分、財団の仲間たち5人で白山比咩神社に参拝。今日は浅野太鼓の創業記念日。よくぞここまで家業をつないできたものと、あらためてこれまでの道筋を振り返りつつ、後悔したできごともなかったわけではない過去を顧みるばかりでなく、前を向いて進むことの大切さを神前に誓ったひと時。社殿の前で一心不乱に手を合わせる多くの参拝者を目にするにつけ、天地創造以来、万人がみな平等に一日24間の時を営々と重ねて生きてきた結果が今のそれぞれの姿であることを思い、これからの人生をいかに有効に過ごすかが重要と、あらためて自分を叱咤。深い祈りを捧げながら、明日に向かって決意を新たにした創業412年目の朝でした。

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(2列目中央: 村山宮司)

 

 尚、今日の記念日に深夜2時起きで車を飛ばし、お花(ユリ、珍しい山百合等)を届けていただきました長谷川先生に感謝もうしあげます。

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2021年5月26日

「響和祭」第12回を開催

 

 政府をはじめ、医療従事者の皆さんや多くの国民の皆さんの大変な努力にもかかわらず、いっこうに衰えをみせない新型コロナウイルスの感染状況の中ではありますが、22日と23日の両日、川崎市の「スクラム21」で「太鼓の里響和館 館長 浅野響音」の太鼓教室発表会「響和祭」の第12回を開催しました。万全の感染対策をほどこし、通常は1日だけの開催を、今回は密を避けるために16講座ずつ2日間の日程。昨今の状況の中で断行するのは館長の決断と勇気が大変だっただろうと思います。いざ幕を開けると久しぶりの舞台に受講生の皆さんの表情の生き生きしていること。上気した頬に気持ちの高ぶりが現れ、「ああ、やってよかった」と心から思いました。

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  ステージでは受講生の皆さんとともに、指導にあたってくださったプロ講師の先生方の演奏もあり、これまた味わい深い太鼓を聞かせてくれました。こうして「響和祭」の伝統を作っていくことが重要であり、出演してくださった皆さんにあらためて感謝している次第です。

 この先、コロナがどんな収束をみせ、その後、社会はどう変化していくのか予想もつきませんが、ともかく今は歯をくいしばり、現状に立ち向かっていくばかりです。

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2021年5月 7日

刀匠隅谷正峯氏をしのぶ

 

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 4月24日から6月6日まで、白山市松任博物館において、白山市が誇る刀匠・隅谷正峯の特別展「生誕100年記念 人間国宝 刀剣作家 隅谷正峯−思いは鎌倉期に漂いて−」が開催されています。隅谷氏といえば、浅野太鼓にとっての大恩人。昭和40年代、松任(現在の白山市)の小さな太鼓屋だった浅野商店が、まがりなりにも現在の「浅野太鼓」というブランドを確立した礎の一つとなった、太鼓胴の座金のデザインに大きなヒントをくれた人物だからです。当時、どこの太鼓メーカーも太鼓の座金といえば薄い鉄板を四角に切って胴に当てたような変哲のないものでしたが、私は太鼓のパーツの中で唯一自己主張できるのがこの部分と考え、全国どこにもない重厚で芸術性の高い座金をつくってみようと思い立ったのです。あれこれ相談相手を思案したあげく、同じ松任で刀剣を製作されていた隅谷氏の元を訪れ、正直に思いのたけを訴えました。すると氏は「刀の鍔のデザインを研究してみなさい」。そして「古式ゆかしい色を出すには、ネズミのフンから作った液で磨くのが良い」と教えてくれました。その言葉通り、工夫に工夫を重ね、現在の浅野太鼓の座金のデザインを確立したわけですが、思えば40代の若造の無礼な問いにまったく偉ぶらずに応えてくれた氏の度量の大きさは、今でも熱く胸に残っています。ちなみに刀の鍔の意匠にヒントを得て考案した座金のデザインに込めた意味を説明すると、座金の四辺に刻んだ唐草模様は、吉祥文様の一つで「いかなる困難も克服し、未来永劫にわたって栄える」との意味を持ち、中心の十二弁の菊花は、「高貴」を花言葉とします。この二つの組み合わせは日本の伝統楽器を代表する和太鼓のエンブレムとして、もっともふさわしいデザインと考えているので、皆さんもぜひお手許の太鼓の釻をあらためて見直してみてください。

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 今回、この特別展に、私も一口の太刀と三刀の刀子を出展しました。銘「手取の響」なる太刀は、不規則に乱れた刃文が里にとどろく太鼓の響きをあらわしたとのこと。また刀子の一は平成5年の現天皇・皇后のご成婚記念に打たれた由緒深き逸品で、いずれも今は亡き隅谷氏をしのぶ貴重な形見として、私の大切な宝物になっています。

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2021年4月21日

7月18日、「白山国際太鼓エクスタジア2021」を開催!

 新年度が始まり、はや2週間あまり。今年は例年になく桜の開花が早く、体験学習館の外の桜もすでに散り、今はみずみずしい若葉が日に日に大きくなってきています。そうした自然界の前向きな風景とはうらはらに、新型コロナはいまだ拡大の一途。東京、兵庫、大阪などをはじめ、石川県もこのところ毎日新規の感染者が確認されている状況。幸い、各地でワクチン接種がスタートしたところであり、一日も早い収束を願うばかりです。

 そうした中、コロナの感染拡大により昨年はやむなく中止した「白山国際太鼓エクスタジア」について、実行委員会で協議のうえ、今年は開催することを決定!太鼓芸能が日本独自の文化として世界で認められるようになって52年。今年はその文化の端緒となった太鼓芸能集団鼓童と、鼓童から巣立って世界で初めての太鼓ソロ奏者となった林英哲さんをゲストにお迎えし、どうしても一度はエクスタジアの舞台に載せてみたかった両者の競演を実現することになりました。

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 今あらためて太鼓文化を振り返れば、1970年に佐渡島で「佐渡の國鬼太鼓座」が旗挙げ。その10年後、鬼太鼓座の解体とともに、英哲さんが名づけた「鼓童」が発足し、さらに英哲さんはソロ活動へ。そして私はといえば、時代を追って、鬼太鼓座、鼓童、英哲さんのそれぞれの海外公演にチューニングのために同行したこともたびたび。今年のエクスタジアのポスターを眺めながら、そんな52年の太鼓文化の歴史をかみしめている今日このごろです。

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2021年4月 1日

サントリーホールに鳴り響く浅野の太鼓

 去る24日水曜日、東京サントリーホールで「〜癒しのハンドフルートと圧巻の和太鼓の世界〜夢をかなえるコンサート」を鑑賞。これはトヨタ自動車が「コロナ禍において発表の場を失ったアーティストへの場を提供するとりくみ」として、昨年から取り組んでいるプロジェクトの一環。2014年から林幹さんが田川智文さんとともに大太鼓の打ち込みを約1時間にわたって行う「うねり」ライブとして申し込んだところ、採用されたとのこと。共演したのはこれまた異色のデュオで、東京音大を卒業したハンドフルートとピアノの演奏。楽器を使わず、手だけで音を奏でる文字通りのハンドフルートという奏法に驚き、相変わらずの躍動感あふれるうねりの打ち込みに感動しつつ、私は舞台中央に据えられた3尺3寸の浅野太鼓製大太鼓を眺めて、いつしか遠い追憶の世界にただよっていました。

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 あれは私が22歳のころ、「株式会社浅野太鼓楽器店」の前身のそのまた前身の「浅野商店」と名乗っていたころ。工場とは名ばかりの、解体した廃校舎の廃材を集めてなんとか形にした建物にトタンの屋根を葺き、夏にはおもての砂利道から砂ぼこりが舞い込み、冬にはすきまだらけの板壁から雪が吹き込む粗末な土間で、「ああ、なんとかこの貧乏から脱却し、太鼓打ちの誰もが浅野の太鼓を使いたいと、いつか言ってくれるような立派を太鼓をつくりたい!」その一念で来る日も来る日も死にもの狂いで仕事に取り組んだ日々。やがて「太鼓の里構想」を打ち立て、世界の打楽器を展示した「太鼓の里資料館」の設立、店舗と練習場を合わせた「新響館」の建設、気軽に太鼓づくりを見学できる工場の整備、女性だけの太鼓チーム「炎太鼓」の結成、そして太鼓専門誌「たいころじい」の出版。出会いに恵まれ、人に恵まれ、思い立ったことを次々に現実のものとしてきた日々が走馬燈のように脳裏をかけめぐる。そして、もっとも大きな願いだった「浅野の太鼓を一流の奏者に使っていただく」という望みも、1970年にサントリーウイスキーの当時の社長・佐治敬三さんの出資によって「佐渡の國鬼太鼓座」に納品して以来、この日本の音楽の殿堂「サントリーホール」という舞台で、先日の林英哲さんに続き、今また浅野の太鼓が高らかに鳴り響く光栄。思えばいつも「サントリー」というキーワードに励まされ、54年間走り続けて手にしたものの大きさに、あらためて無常の幸福を握りしめたひと時でした。

 

  明日は4月1日令和3年度の始まりで、コロナの終息と社運の発展を願い白山比咩神社に1日参りに参拝予定です。

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2021年3月24日

心ゆさぶられた二つの公演

 

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 去る14日、愛知芸術劇場で山田純平さんの特別公演、40歳を前にして、「山田純平の今をすべて注ぎ込んだ作品」が披露されました。新型コロナの感染予防対策にのっとり、客席は50%に制限されていたものの、満席の観客。太鼓の道を歩み始めて30年、太鼓が面白くて仕方がないという思いが伝わるような、あぶらののりきった打ち込みの姿に目を奪われ、あっという間の3時間。演奏とともに、トークの方も滑舌よく、見事な舞台でした。これからますます楽しみな打ち手の一人です。

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 続いて17日、東京のサントリーホールで林英哲さんのソロ活動50周年記念「独奏の宴−絶世の未来へ」公演。こちらも50%の収容制限の中、これまで見たことがないくらい、日本の主だった太鼓奏者、打楽器奏者、音楽家、評論家、劇場関係者などの皆さんが客席に居並び、どれほど多くの人々が英哲さんを応援・期待しているかを物語るような風景。その空気に応えるように、舞台ではさすが第一人者としての風格と円熟を存分に見せ、まことに誇り高い独奏の宴でした。 
「写真撮影・小熊栄」

 これまでの50年、前例のない太鼓演奏家としての茨の道を一人歩んでこられた英哲さん、本当にお疲れ様でした。そしてこれからも太鼓の世界の先達として、後進に勇気を与え続けてくださることを願っています。

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「写真撮影・小熊栄」          「写真撮影・小熊栄」

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2021年3月22日

赤嶺さん、安らかに

 

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 先般、思いがけない訃報。「鼓童」元団員の赤嶺隆さんが亡くなられたとのこと。赤嶺さんといえば、「シルクドソレイユ」に太鼓を納品することになった際、ラスベガスに同行。流ちょうな英語で交渉ごとを手際よく進めてくださり、帰りに空港で「Yes Wonderful」と別れた相手がにっこり笑って送ってくれた顔が今だに忘れられません。

  今年2月に病巣が発見されたものの、延命治療は望まれず、1ケ月後にご家族に見守られておだやかに旅立ったとのこと。ご家族の皆さんのお力落としはいかばかりかと存じますが、つねに全力で生きた赤嶺さん、どうか安らかにおやすみください。ご冥福を心よりお祈りいたします。

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2021年2月26日

コロナ禍にもめげない創作意欲に感激

 

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 昨年末、神戸でソロ活動を続ける想咲太鼓打ち・溝端健太さんから電話あり、2月にコンサートを開催するので来て欲しいとのお誘い。先日、時満ちて向かった会場には、観客の数5人。聞けばぜひ私に観て欲しかった舞台にて、客席にはわずかの知人のみを招待したとのこと。その言葉に胸を熱くし、こちらも真剣勝負で聴き入った独演は、音色にこだわりきちんとチューニングした太鼓に、バチの工夫や東洋ならではの配色の妙も見てとれ、コロナ禍にもめげない創作意欲を実感。これからも公演活動の縮小や観客制限など厳しい状況はしばらく続くと思われますが、どうかモチベーションを維持して、溝端さんなりの「我が道」を進んで欲しいと願ったひと時でした。

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2021年2月 1日

「鬼太鼓座」「鼓童」と共に

 年が明けたと思ったのもつかのま、あっというまにもう2月。毎月恒例、白山比咩神社の「おついたち参り」は、ことのほかの賑わい。明日は節分、明後日は立春で、農事暦では新たな作物の播種の準備に入る時期。つまり、農耕民族を祖とする日本人にとって、2月こそは新たな営みのスタートの時期。心して、一粒一粒、新たな種を蒔いていきたいものです。

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 さて、一昨日、今年節目の年を迎える二つの太鼓集団の面々が訪ねてくれました。旗挙げから50年を迎える「鬼太鼓座」と40年を迎える「鼓童」です。久し振りにあれこれと昔の思い出話に花を咲かせたひと時、思えば私の太鼓人生52年の間、なんと多くの時間を彼らと共に過ごしてきたことか。その「時間」を今も刻んでいるのが、1975年に3尺8寸の大太鼓の締め直しに鬼太鼓座に同行してボストンへ赴いた際に購入したクオーツの腕時計。当時、テレビでは「ウルトラマン」が大人気で、敵と戦うウルトラマンのパワーが低下すると胸のランプがピコンピコンと赤く点滅するのがお決まりのパターンで、このクオーツの時計も設定した時刻になると赤い点滅を繰り返すのが気に入って大事にしてきた思い出の品。これからも休むことなく私と共に時を刻み続け、そして鬼太鼓座も鼓童も、これからも自分たちの芸をしっかり磨いていって欲しいと、切に願った睦月の月末でした。

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鼓童のみなさんと           鬼太鼓座のみなさんと

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2021年1月22日

74歳になりました。

 

 1月21日、私の74歳の誕生日。長く悪天候がつづいた空が今朝は幸運にも雲が晴れ、輝くばかりの日の出を仰ぎながら、これまで73年間、大過なく無事に過ごせたことを感謝した早朝でした。

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 たまたま昨日目にした日経ビジネスにユニクロ社長柳井正氏の記事が載っており、25歳の時に親から実印を渡され、会社継承の決意を新たにしたとのこと。私も同じく25歳で父から実印と通帳(マイナスの)を受け取り、当時、皮を扱う仕事といえばまだ同和問題がついて回った時代、社会の偏見を跳ね返そうと、今日までただひたすら走り続けてきた54年。その過程で「太鼓の里構想」を打ち立て、世界に浅野太鼓の存在を知って貰う、浅野太鼓にくれば太鼓に関することはすべてわかる施設づくりをはじめ、どのような注文にも対応するための設備投資、本張り用革圧縮機、全自動バチ加工機、レオさんと始めた担ぎ桶の胴作りの自動化はじめ、短納期で大量の製品を納品する乾燥機等、何処の同業社にもない4次元の中堀化工機の諸設備、在庫備蓄と管理態勢づくりなど、将来を見据えた経営戦略に心を砕いてきました。そうして昨年、万全の態勢で浅野太鼓を次の世代にバトンタッチしたもののコロナ禍の中 
現実はあれやこれやと頭の痛いこと、、、、、、、、

 まあ、ともかく今日は私の誕生日を知る人が朝から次々に訪ねてくれ(中には三重県からも)、お祝いの言葉やお品をいただいたことが何よりも嬉しい一日となりました。皆さん、ありがとうございました。

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