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2020年10月 8日

それぞれの未来に希望を願う

  仲秋の名月に始まった10月。ずしりと重い二つの便りが届きました。

 一通は長野県在住の打ち手から。今から約30年前に日本の太鼓に心酔し、米国から日本に移住して第3期の鬼太鼓座に入座、やがて帰化して自身のチームを旗上げしたものの、まもなく病を得て今は活動休止を余儀なくされているとのこと。彼の体調のことは18年ほど前に耳にしてはいましたが、その後も舞台で元気な姿を見せていたので、快復したのだとばかり思っていました。しかし病は着実に進行していた様子。私には一日も早い快復を祈ることしかできませんが、どうか希望を失わず、必ずまた舞台に立てる日を目ざして療養に専念して欲しいと願うのみ。祈りが天に通じることを願います。

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 もう一通は、おおよそ40年にわたって「鼓童」の舞台制作を担ってきた(株)北前船の代表取締役を、青木孝夫さんから洲﨑拓郎さんにバトンを託したというお知らせ。青木さんは1978年に、鼓童の前身である「佐渡の国鬼太鼓座」に入座。81年に鼓童が創立されてからは「ハンチョウ」こと河内敏夫さんと共に鼓童の運営に携わってきましたが、87年の1月にハンチョウが急逝して以来、演奏家集団としての土台がまったく固まっていなかった鼓童を牽引。経済的にも興行的にも舞台づくりにも苦労に苦労を重ねて今日の鼓童に育て上げた、いわば「鼓童の父親」的な存在。現在、鼓童が世界の太鼓文化の頂点に立つ礎を築いたのはまさに青木さんの功績で、青木さんがいなければ今の鼓童はなかったと、私は断言できます。その青木さんが10月1日付けで社長の座を辞して会長に就任。洲﨑さんが今後の舵取りを担うわけですが、この難しい世界情勢の中、青木さんの不屈の闘志を引き継ぎながらも、洲﨑さんの若い発想で、どうか鼓童を、より優れた太鼓芸能集団として進化させていってください。どうぞよろしくお願いいたします。そして青木さん、長い間、本当に本当に、お疲れ様でした。

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